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2007年8月

2007年8月15日 (水)

昔の葬儀 通夜ぶるまい②

私が勝手に昔の葬儀と定義していますが、高々30年~40年前のことで、現在70才前後の方なら知っている事なのですが、とにかく昼間の会葬から夜の弔問が多くなり、自宅から斎場へと移り日本の高度成長と共に変化してきた様に思います。

こんな言葉が思い出されます。『どんなに狭くても自宅から出してやりなさい』・・・だんだん、自宅でしようと思ったら『なぜ式場を借りなかったの』親しい方がおっしゃる様になりました。

本題の通夜ぶるまい②最近は通夜のお斎の席(お通夜のお食事)にほとんどの方が入ります。御遺族は式場でお通夜の真っ最中です。お食事のお給仕をする配膳さんから、最初から入った方が最後まで席が空かないとか料理のお代わりのお申し出があるとよく聞きます。故人を偲ぶ席ですが、故人をご存じでないから、話題は世間話になり時として盛り上がり宴会状態です。過去にも50代で亡くなった方の娘さんが、式後その席に来てショックを受けた方がいらっしゃいました。そうです悲しみをこらえている遺族をよそにして大騒ぎしているわけですから・・・

ノウハウ本の弔問マナーに席に着くのがマナーみたいに書かれているが、それは間違いだと思う。前述の通り故人と面識無い通夜客は基本的には焼香後は散会すべきと思う。それが葬家の負担を軽減出来るからです。

食事の人数が少なくなれば、式場も小規模になり、会場費・設営費・食事代が軽減出来る。

御香典は葬家の急な出費を救済する為の互助システムのはずです。次の計算式を見て考えて下さい。

(御香典)5.000円ー(お通夜のお食事)3.000円ー(粗供養品)1.000円=1.000円  

これで御香典返しを半返ししますと1.500円持ち出しになります。これでは葬家が大変です。

やっぱりお食事をするのは、親友・近隣の人・親族・お手伝いの係員が望ましい様に思います。                 

 いかがでしょをうか    料理屋さんすいません。

2007年8月14日 (火)

昔の葬儀 通夜ぶるまい①

通夜ぶるまい①ー通夜に集まった近親者に出す食事(最近の電子辞書で検索しても出てきません)8月13日の葬儀の場所で記述した様に本来通夜は近親者だけでした。料理は隣近所の方々が作った精進料理でした。(野菜を素材としたもの)人が亡くなった時ぐらい仏心で生き物を殺生しないと云うことで肉類・魚類は避けたものです。ですからおすしは巻きずしでした。今考えると葬家の経済的負担の軽減・冷蔵庫のない時代の生ものの衛生等からの心配りだったのでしょうか。

徐々にお通夜に一般の方が昼間の会葬が出来ないと云うことで御焼香に見える様になりました。でも申し訳なさそうにです。親族に迷惑が掛かるからです。通夜客を接待する場所が足りなくなり

①隣近所の部屋を借りる

②テントを張って立食にする

③持ち帰りの食事を用意する

後年それでも自宅では出来なくなり、寺院・斎場の葬儀が多くなりました。

    

2007年8月13日 (月)

泣き言

私共の労働の過酷さの紹介

まず年中無休地獄ー世間並みに週休五日制にした場合、現状より2名の増員が必要になります。年間人件費が1.000万増えます。結局ほとんど休まない状態になります。たまには旅行と思っても近距離しかいけません。海外なってとんでもありません。

次に24時間営業地獄ー事の発生は昼夜問わずです。過激な労働が終わって家路につき、風呂に入ったとたん会社から呼び出しが掛かるとか、真夜中に呼び出されたり、ましてや真冬の場合暖かい寝床から出ることを想像してください。

さらに寝不足地獄ー夜中起きたまま一日の仕事をこなします。

先日どのくらい歩いているか万歩計をつけて仕事をしました。   お通夜は18.000歩 葬儀当日は15.000歩でした。

泣き言になってしまいましたが、少しでも消費者に喜んで頂くためにもう少し頑張らねばと独り言でした。

当年64才

昔の葬儀

葬儀の場所

今から40年くらい前までは、ほとんど御自宅で通夜・葬儀をしていました。当時の家屋は庭・縁側があり、部屋は二間続きになりました。

今と全く違うのはお客様が翌日の告別式に御焼香に見えると云うことです。通夜は近親者が亡くなった方とすごすためのものでありました。

祭壇は親族がなるべく座れる様に、廊下側に向けて設営しました。翌日大勢の会葬者が見えるので祭壇を縁側に向けて飾り直しをしたものです。

だんだん一般会葬者が仕事の都合で昼間でなく通夜に御焼香に見える様になりました。

やもえず祭壇は通夜から縁側に向ける様になりました。         

昔のお棺

御寝棺(お棺)

今から50年前の棺・・・私が小学生の頃、現在64歳ですので50年ぐらい前になります。棺の蓋は全てフラットなタイプで、窓のない物と窓付きと分別されていました。内張などはなく、葬儀価格の良いときは、父親から棺の内側に糊を付けて障子紙を貼るように云われました。布団はなかったと思います。そこで布団代わりに着物を掛けたのだと今は理解しています。今は本当に贅沢になったものと思います。

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